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透析を止めた日を読んで。    苦しみに向き合う医療、 苦しみに向き合えない医療

  • 執筆者の写真: yamasakik2023houka
    yamasakik2023houka
  • 9月9日
  • 読了時間: 3分

二つ目の投稿です。


「透析を止めた日」を読みました。こんなにも心が突き動かされた書籍は久しぶりで、自分なりに感じたことをまとめておかなきゃとすごく思いました。連載風にしたいと思います。よかったらお付き合いくださいね。


苦しみに向き合う医療、

苦しみに向き合えない医療


透析は緩和ケアの対象ではない、という制度の縛りによって、透析や壊疽などによるあらゆる痛みへの対応が後手に回った印象があったことも、既視感のある描写です。


先日の投稿でも述べているようにその現実が、私が現場で見てきた、緩和が必要なのに別の事柄に主治医の関心が向き、苦しみが置き去りにされてしまう光景と重なりました。


各地で腹膜透析と穏やかな看取りを支えた医師や看護師、介護職の姿を取材された章では、「愛ある医師」たちのインタビューに必ず看護師が同席していました。これは偶然ではなく、本当に患者に寄り添う医師は看護師と共に歩むことで、それが叶うことを理解してるのだと思います。


在宅で看取った腹膜透析の方々の事例では、訪問看護師の存在が当たり前に描かれていて、そうなんだよね!その事を見通して著述してくださってることに、嬉しくなりました。


訪問看護の大切なあり方として変わらないのは、自己決定が全てであり、そのために必要と思われる事はその方の特性に合わせて伝わるように伝える事。訪問看護だけでなくあらゆる医療者に通じるはず。


またこの本で初めて知ったのが「PDファースト・PDラスト」という言葉です。透析医療を学んだ医師なら誰もが知る考え方だが、著者は「利権がからみ有益な情報が患者に伝えられていない」と指摘していました。

私はこれまでに数名の腹膜透析の方に訪問看護を行ったことがあります。初めは介護保険が始まる前だったように記憶しています。就労しながら腹膜透析をされている方でした。今のような便利な器具はなく全てがアナログでした。

その後、段々と先進的な器具が見られるようになり、一昨年にはすでにほぼ器械で管理できるようになっていて、驚いたのを覚えています。

以前にも、退職したスタッフのご家族が透析を勧められたが、高齢でもあり色々考えて選択しない事にしました、と連絡をもらったことがあります。その時にも腹膜透析の話は出ていなかったと記憶しています。


訪問看護をやっていて、様々な感情が日々自分の中で交錯します。怒り、衝撃、希望、喜び、、、、、私の中で、これらが重なり合って問いを突きつけます。

医療は誰の、何のため?

苦しみを無くすには?減らすには?

看護師の力の位置付け、社会の中ではどうなってる?


こうしたの問いを抱えながら、私はこれからも現場に立ってるんだろうなと思います。

続く。



ree

写真は昨日した線香花火。好きなんです。

 
 
 

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